付録 A
トウキョウサンショウウオ幼生の飼育方法

この付録は、決してトウキョウサンショウウオの飼育を一般の方に勧めるために書か れたものではありません。東京都のトウキョウサンショウウオのように、個体数が激 減し絶滅の危険が危ぶまれている種を野外から採集してきて、個人の趣味のために 飼育する行為は決して勧められるものではないと思います。ペット業者から買って きたものを飼育するのも、それが業者による採集行為を促進すると言う意味では、 自分で採集してくることと何ら変わりはありません。むしろプロの業者のより悪質 な採集を促進することにつながりかねません。

ただし、第5.2.5節で述べたように、幼生の飼育も、激減してしまっ た個体群を保全するための一つの方策にもなりえるのも事実です。この章は、その ような目的で飼育する時に少しでもヒントになればと、飼育のポイントについて述 べたものです。飼育のために、むやみに野外から卵嚢などを採集すること がないようお願いいたします。また、トウキョウサンショウウオに関心をもち、保 全活動や調査をしている組織や個人が各地域にいます。彼らが活動している産卵場 で勝手に採集するようなことは決してしないよう注意してください。

A.1  一般的な幼生の飼育法について

古川　嘉勇

A.1.1  幼生の飼育法

Figure A.1: ペットボトルを利用した水槽。

トウキウサンショウウオの飼育は、さほど難しくありません。注意をしなければな らないのは、水温の上昇と、水道水に含まれるカルキなどの薬品、そしてエサ不足 による共食いです。

水槽に水を入れ、卵のうを入れておけば、やがてふ化して幼生が卵のうから出て きます。ここで注意したいのが、まだ幼生が出てこないからと言って、安心して、 水槽の水を換えないでいると、卵のうが全て死んでしまいます。例え卵とは言っ ても生きています。呼吸もしています。水を換えなければ、死んでしまいます。

卵のうから出てきた幼生に対してしばらくは、何もする必要は、ありません。3-4 日に1回ぐらい、水を換えるだけです。1週間位たったら餌を与えます。餌としてイ トミミズが良いと思います。アカムシなどがぺットショップなどで買うこともでき ますが、アカムシの体が大きすぎるので、まだふ化直後の小さな幼生は食べること ができません。餌を何日もあげないと、サンショウウオが共食いを始めますので、 そうならないように毎日食べきれるだけ餌を与えてください。

水槽が小さいのに幼生を多く飼育している場合は、共食い、水質の悪化等の影響で 死滅する事がありますので、小分けに水槽を分けた方が良いと思ます。

わざわざ水槽を買わなくてもペットボトルを利用すれば小さな水槽が出来ます（図 A.1）。水は水道水で十分ですが、原因不明で毎年何匹かの幼生が死に ました。そこで簡単な浄水機を蛇ロに取り付けたところ一匹も死にませんでした。 浄水機がない場合は、汲み置き水を使いましょう。

Figure A.2: 水槽の水換えの方法。

幼生が成長するに伴い水質も汚れてきます。また、5月中頃から気温の上昇と共 に水槽内の水温も上昇しますので水を2日に一回位は換えた方が良いと思います。 小さな水槽の場合の水の交換は、サンショウウオが入った水槽の水を網の中に 流し込めば網の中にサンショウウオだけが残ります。

大きな水槽の場合には、持つことは重いので大変ですから、石油ポンプを利用しま す。この場合、力強く排出しますのでサンショウウオの幼生まで吸い込んでしまう のでポンプの先端に網などでカバーをして幼生が吸い込まれないようにします（図 A.2）。

このようにしてあげれば6月中旬から下旬には十分成長して変態は間近です。サ ンショウウオが生息している山や池に返してやるのが―番かと思います。ただし、 むやみに家の近くなどに放さないで下さい（第5.2.5節の注意を 良く読んでください）。必ず、卵を採集してきた元の場所に返すこと。元の場所 が分からない場合は、決して野外に放してはいけません。どうしてもと言う時は、 サンショウウオの専門家や組織（サンショウウオ研究会など）に相談してくださ い。

Figure A.3: 幼生を変態させる場合の水槽の一例。

さらに飼育したい方は水槽内に小石や砂利等で陸を作ります（図A.3）。 夏場、水温や室温が上昇しないように注意が必要です。水槽は日光が当る場所は避 けて、涼しい日陰に置きましょう。エアーポンプを利用して水槽内の気温を下げる のも一つの方法です。また、変態して幼体になると水槽内の壁をよじ登り逃げるの で、必ず網付のフタが必要です。餌として外の緑地から、いろいろな土壌動物を取っ てきてあげてみてください。彼ら口の大きさにあった適当な大きさのものを選んで、 あげください。変態直後の小さな幼体のエサは、なかなか良いものが手に入りにく いと思います。小さなショウジョウバエ・トビムシ・ワラジムシ・ダンゴムシやミ ミズ等が適当かと思います。

いずれにしても、変態後は幼生時代とことなり、飼育は結構難しく面倒ですの で、あまりお勧めできません。どうしても飼ってみたい方は、少数の個体から 始めるのが良いでしょう。エサの確保に苦労しますので覚悟してください（特 に冬場）。

A.1.2  エサとなるイトミミズの飼育方法

サンショウウオの幼生飼育より難しいのがエサとなるイトミミズの管理です。 イトミミズを飼育する大切な条件として、

1. 水をいつもきれいにしておく。
2. 水温を上げないこと。

この2点が特に重要です。

容器の中にミミズを入れると底でマリモのように固まります。以前は洗面器にイト ミミズを入れて、水道の蛇口より水を少し流して飼育していましたが、時々水が止 まってしまうことがありました（図A.4）。そのために、イトミミズが 死んでしまい、色は脱色して白くなり匂いが何ともいえないくらい臭くて大変でし た。水の流れを少し増やすと水が止まることはありませんが、イトミミズが流れて しまいました。

Figure A.4: イトミミズの飼育方法。(A)水量が少ないと水がとまってしまう。(B)水量 が多いとイトミミズが流されてしまう。(C)砂利を轢くと砂利の下にイトミミズが 潜り込み採集しにくい。

次に考えたのが、洗面器の中に小さな砂利や砂を入れて蛇口より水を流したところ、 イトミミズが砂利の中にもぐりこんで流されることは防げました。しかし、マリモ のように固まらず、捕まえる時になかなか捕まらず苦労しました。また、水道代も 馬鹿になりません。

数年前考え付いたのが水洗トイレのタンク内のボールタップを参考に試作したのが この図A.5です。結果は良好で毎年使用しています（ボールタップとは 水槽内の水位を一定に保つ部品です）。容器の縁に乗っている細いパイプにより、 サイホンの原理で容器内の汚れた水や排泄物を排出します。この時外側の先端を少 しつぶして、流れを押さえます。

Figure A.5: イトミミズ飼育装置の一例。

流れが多すぎると水も無駄になりますし、イトミミズまでも流してしまいます。容 器内の水位が下がるとボールタップが働いて水道の蛇ロより水が供給され元の水位 で止まります。この繰り返しをすることにより、容器内の水は常にきれいな水と冷 たい温度が保たれ、イトミミズは快適な環境の下で数週間元気にいます。

A.2  多量に飼育するための補足注意事項

草野　保

第5.2.5節で述べたように、トウキョウサンショウウオの個体群 を保全するためには、野外から取ってきた卵や幼生を飼育することが必要になっ てくる場合もあると思います。その際、比較的多数の幼生を1ヶ月程度の期間飼 育する必要に迫られることもあるでしょう。一般的な幼生の飼育に関しては、前 節の古川さんの注意事項を参照してください。ここでは、多数の幼生を飼う場合 に、さらに注意する点を私の経験から補足したいと思います。

• まず、飼育容器は管理のし易さから、浅目の平たい容器が良いでしょう。 私は、プラスチックの長さ40cmｘ幅30cm程度で深さ5-6cmのバットを使っ ています。水は汲み置き水か浄水機を通したものを使うのが安全です。 容器の深さの半分（2-3cm）程度の深さに水を張ります。出来るだけ水 面の面積を大きくして、深さはあまり深くないほうが良い。入れる幼生 の数はこの程度の大きさの容器であれば、最初は卵嚢2-3個くらいでしょ うか。幼生の成長とともに数を減らしてください。
• 容器には水以外はいれない方が、管理はしやすいです。砂利や水草は必 要ありません。
• 水の交換は、出来るだけ頻繁に行なう。古川さんの言うように出来れば2 日に一度は必要です。
• 卵から孵化した幼生は、卵嚢の袋の中で動いていますが、じきに袋の両 端から外に脱出してきます。ただし、個体によってはなかなか出て来れ ないものもあるので、その場合は、袋を手で破り外に出してあげてくだ さい。
• 餌は、イトミミズがやはり一番簡単です。幼生がある程度の大きさにな れば、アカムシでも構いません。イトミミズの管理は結構面倒です。古 川さんを参考にしていろいろ試してください。私は冷蔵庫を利用してイ トミミズを保存しています。密閉できるタッパウエアーなどの容器に、 水をひたひたに浸し（水深数mm）、イトミミズの塊を入れてそのまま冷 蔵庫（10℃位の冷蔵室。間違っても冷凍室には入れない）で保管します。 できれば毎日水を替えるのが良いようです。それと、水は深く張らない こと。イトミミズの塊の上部はが空中に出ていても構わない。イトミミ ズの塊が没するほど水を張ると、イトミミズが酸欠のためか死にやすいよ うです。
• 飼育容器に餌としていれたイトミミズは、すぐに塊となってしまいます。 この状態では、サンショウウオの幼生は食べづらいので、時々ピンセッ トなどでこの塊をバラバラにほぐしてください。
• 多数の幼生を飼うための重要なポイントは、飼育容器毎に幼生の大きさ を出来るだけそろえることです。大きさに差が出来てくると、例え餌を 充分与えても、共食いが起きやすくなります。複数の容器を準備して、 成長とともに、小さいものは小さいもの同士で、大きなものは大きなも のだけに分けて飼いましょう。そのためにも、平たいバットのような容 器を使うと、複数の容器を積み上げて置けるので便利です。
• トウキョウサンショウウオの幼生は比較的丈夫です。しかし、急な温度 上昇には充分気をつけて容器を置く場所に配慮してください。直射日光 などは当らない、涼しい場所に置きましょう。
• 温度上昇とともに、水の水質には気をつけて下さい。特に、プラスチッ クの飼育容器を使う場合は、できれば古い容器を使うこと。新品のプラ スチック容器からは、時として化学物質が溶けだし、幼生に悪影響があ る場合があります。新しい容器を使う場合は、あらかじめ水を張って1週 間程度放置しましょう。その際、時々水を換えておくこと。その後、飼 育に使えば良いでしょう。

付録 B
生息地保全のための提案

川上　洋一

　里山環境に強く依存する本種にとっては、単に手つかずの自然を確保するだけではなく、 人為による環境の管理が欠かせない。ここに本種を含めた里山の生物保全の難しさがある。 管理方法を誤れば、保全どころかマイナスの結果をも招きかねないのである。 現在のところ、本種を保全するための環境 管理の方法論は確立されていないので、最も有効なのは伝統的な里山管理作業の復 活にあると考えられる。以上を念頭においたうえで、ここでは本種の生息地保全の ための方法論について提案する。なお、環境管理とそれを支援するシステム以外に ついては、別項に譲る。

1. 保全対象地域の把握
   1. 積極的に保全すべき生息地
      ＜孤立している・産卵数が減少している・個体群のコア集団として重要・他＞
   2. 生息地継続に必要な条件の把握
      ＜植生・産卵地・湧水量・集水域・他＞
   3. 生息数の把握
      ＜産卵数・推定個体数・経年変化・他＞
   4. 生息域の把握
      ＜産卵地からの分散距離と範囲・環境の現況・将来の危険性・他＞

   以上については綿密な調査が必要である。個々の生息地の産卵数等について はデータの蓄積が進んでいるが、その他の点についてはまだ調査不足と考え られる。

2. 生息地の維持管理
   1. 生息条件の確保
      1. 最も重要なのは産卵から幼生の成育期間中、その水面が維持できるだけの 水量が湧水などによって供給されることである。しかし供給が不安定で大雨時 に大量の流入がある場合などは、卵嚢や幼生の流失の危険性が大きい。安定し た水量の確保が生息地維持の最低条件と言えるだろう。
      2. 本種の繁殖水面は水深が浅い場合が多く、浸食による土砂や落ち葉などの 流入・堆積によって消滅してしまう危険性が大きい。また、周囲の人為的な土 地改変による排水乾燥化、植物の遷移による陸地化なども予想され、維持のた めには継続的な管理が必要である。
      3. 本種の産卵地よりの分散範囲からは、生息地維持のために必要な森林の範 囲がそれほど広範囲になるとは考えられない。しかし前述の供給水量の確保と いう点から見ると、集水域として一定の面積の森林の保全は絶対条件となって くるだろう。また、本種の生息に適した林床の状態を維持するための管理も必 要である。
   2. 産卵地・生息地の維持管理
      ＜谷戸田の耕作・水路や畔の営繕・堆積物の排除・草刈り・他＞
      すでに一部の産地では、市民団体による維持管理の試みが行なわれている。今後は こうした活動を広げると同時に、そこから得られたデータの蓄積が必要と考えられ る。
      
3. 個体数増加を目的とした生息環境の整備
   1. 積極的に整備すべき生息地
      ＜産卵数少なく環境荒廃・経年的に産卵数減少傾向・産卵地のみが消滅して 数年以内で繁殖集団が残存している可能性がある・他→あまりに少数の場合 は、同産地の個体による人為的な増殖も必要＞
   2. 産卵地の整備
      ＜繁殖水面の造成→工法については研究、配慮が必要・水源の確保→湧水の保 全が最善だが、場合によっては導水、井戸の掘削も・アメリカザリガニ等天 敵の排除・他＞
   3. 生息地の整備
      ＜植栽・伐採更新・草刈り・他＞
   4. 他の生息地との連続性
      ＜移動経路の確保・複数生息地の面的保全・他＞
      
4. 行政に期待される生息地保全のための条件整備
   1. 生息状況の把握
      ＜定期的な広域調査・長期モニタリング・他＞
   2. 保全対象地の確保
      ＜指定・買上げ・管理委託・立ち入り規制・他＞
   3. 地権者に対する支援
      ＜補償制度・税制上の優遇措置・他＞
   4. 市民による保全活動との連帯
      ＜調査、管理、整備などの委託・ボランティア制度・他＞
   5. 総合的な保全管理システムの確立
      ＜保全計画、管理計画の策定・他＞
      
5. 以上を有効に機能させるための調整機関の設置
   　一つの例としては、行政・地権者・研究者・市民ボランティアなどによって 構成される保全のための委員会組織の設置が考えられる。現在開発が予定さ れている一部の生息地では、事業者と市民団体・研究者の間ですでにこうした 取り組みが始まっている。今後の成果によっては保全のためのモデルケースに なるかも知れない。

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File translated from T_EX by T_TH, version 2.50.
On 6 Oct 1999, 12:38.